NMRによるポリオレフィンの一次構造解析
汎用樹脂の1つであるポリオレフィンは、非常に広範な用途に用いられている現代社会にはなくてはならない材料です。広範な用途に対応するためには、その物性と密接な関係にある一次構造を解析、制御することが必須です。この一次構造解析に最も威力を発揮するのがNMR分析です。以下に、ポリプロピレン、ポリエチレンについての一次構造解析例をご紹介します。
1. ポリプロピレンの立体規則性高精度評価
ポリプロピレンは、側鎖メチル基の配列様式(コンフィギュレーション)により立体規則性(ペンタッドシーケンス)を生じます。立体規則性は、高分子の物質特性を支配する結晶形態、結晶化度などの高次構造を決定する重要な一次構造因子の1つです。特に融点と剛性に大きく影響します。mmmm分率>90%のポリプロピレンの場合、mmmm分率2%の差で、融点2 ℃、曲げ弾性率1,500 kg/cm2の違いが生じます。
定量分析例 mmm ピーク分率については0.5%以内の定量精度を保証
図2:ポリプロピレンメチル基の13C-NMRスペクトル
高精度評価法解説
- 高分解能13C-NMRでは、側鎖メチル基は両隣(三連子、トリアッド)、その三連子の両隣隣(五連子、ペンタッド)、さらにその五連子の両隣(七連子、ヘプタッド)程度までのメチル基との立体配置(メソorラセモ)の影響を受け、異なる化学シフト(NMRチャート横軸)にピークとして観測されます。現在、立体規則性の評価はペンタッドについてが一般的で当社でもペンタッドの評価を行っています。ペンタッドの中心メチルが10種のシーケンス(mmmm、mmmr・・・)により9本のピーク(mmrmとrmrrは分離して観測されない)として観測されます。
- 各ピークの定量は、本来ピーク面積で行うべきです。しかし、各ピークの分離が完全でないのでその面積定量には種々困難(場合によっては波形分離が必要になり、定量処理に時間がかかる。またオペレーターの個人差が大きくでやすい)が生じます。これに対して当社で行っているピーク高さによる定量は、迅速かつ高精度です。試料間の相対比較にはピーク高さ法が非常に適しており、mmmmピーク分率については0.5%以内(mmmm≧95%のものについて)の精度を保証できます。ただし、絶対値(正確度)の面で注意が必要です。mmmm≧95%レベルでmmmm分率が真の値より0.5%程度(推定)低く算出されます。
2. ポリエチレンの分岐構造解析
ポリエチレンは、種々の分岐構造を持っています。この分岐構造の差異、組み合わせ方、あるいは連鎖分布(モノマーシーケンス)によって結晶化度等の高次構造が決定されます。この高次構造の差異が、加工性、剛性(柔軟性)、透明性、衝撃強度といった諸物性を左右します。一次構造を制御することで、広範な用途に対応した各種グレードのポリマーが製造されています。
分岐構造、モノマーシーケンス
エチレン-プロピレン | エチレン-ブテン | エチレン-ヘキセン |
エチレン-4MP1 | エチレン-オクテン | エチレン-酢酸ビニル |
モノマーシーケンス |
13C-NMRスペクトル解析例1
図4:多成分系オレフィンポリマーの13C-NMRスペクトル
13C-NMRスペクトル解析例2
図5:単一コモノマーポリエチレンの13C-NMRスペクトル
構造解析法解説
炭素種の命名法
- 主鎖メチレン炭素(S):2つのギリシャ文字は注目するメチレン炭素の最も近いメチン炭素からの位置を表します。δはメチン炭素よりδ位もしくは、それ以上離れていることを示します。
- 主鎖メチン炭素(T):ギリシャ文字はメチレン炭素の場合と同様です。
- 分岐炭素(b):右側の数字は分岐炭素数を表し、左側の数字は分岐末端から何番目かを示します。4MP1の場合、右側には分岐炭素数は示さずメチン炭素にのみtと記します。
多成分系オレフィンポリマーの各モノマー単位比
- 13C-NMRスペクトルでは、上記解説で命名した各種炭素は分岐種により基本的には異なる化学シフト(NMRチャート横軸)にピークとして観測されます。各ピーク面積比からモノマー単位比を算出します。すべてのピークを定量計算に用いるわけではなく、必要に応じて定量に最適なピークを抽出します。この最適ピークの抽出法にノウハウがあります。
モノマーシーケンス分率
- エチレン以外のモノマー成分が単一の場合、モノマーシーケンス(モノマー連鎖)を詳細に解析できます。ダイアッド(二連子)あるいはトリアッド(三連子)に特有のピークを定量することによりモノマーシーケンス分率(全シーケンスを100%に規格化)を算出します。シーケンス分率から各モノマー比も算出可能です。エチレン−プロピレン(E-P)の例を以下に示します。
3. ポリプロピレン、ポリエチレンの無水マレイン酸変性構造解析
極性基である無水マレイン酸で変性されたポリプロピレン、ポリエチレンは複合材用途に利用されています。その変性量は極微量で検出は容易ではありません。以下に当社のNMR技術を駆使して解析した例を示します。
1H-NMRスペクトル解析例
1H-NMR spectrum of monomeric grafts of MA-grafted polypropylene *1
1H-NMR spectrum of monomeric grafts of MA-grafted polyethylene *2
- *1 宮内康次、斉藤啓治:分析化学(Bunseki Kagaku)、55、547(2006)
- *2 宮内康次、今岡孝治、吉本旗秋:第3回高分子分析討論会講演要旨集、p. 115(1998)