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P309

IRスペクトルの2次微分解析によるポリ塩化ビニルの熱劣化挙動

ポリ塩化ビニル(PVC)を屋外で使用すると、酸素や紫外線、日射熱などの影響を受けて劣化し、変形・硬化・ひび割れ・破断などを生じます。その対策のため可塑剤や酸化防止剤、紫外線(UV)吸収剤等が添加されていますが、長期的には次第に劣化してしまいます。このような劣化挙動を解析する場合、一般的には赤外分光分析(FT-IR)が用いられます。ところがIR測定では、PVCは通常数種の添加剤が多量(数10%)に含まれているため各成分の吸収が重複した複雑なスペクトルを与えます。また劣化によって出現、増減、消失した吸収のためスペクトルがさらに複雑となってきます。

このような複雑なIRスペクトルの解析手段の1つとして2次微分解析があります。これはIRスペクトルの各吸収について2次微分処理を行うもので、この微分により吸収の強弱が顕著となります。そのため各成分の増減や劣化により出現、消失する吸収の変化がより明瞭になることが予想されます。

フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)15%、リン酸トリフェニル(TPP)5%を含有する軟質PVCを試料として150℃で熱劣化試験を実施し、FT-IR測定(1回反射ATR法)および2次微分解析を行いました。本資料では特に熱劣化による添加剤量の増減を調べてみました。尚、試験片は劣化の進行とともに茶色化し硬く脆くなっていることが観察されました。

1.劣化物のFT-IRスペクトル解析

150℃処理物のIRスペクトルの経時変化を図1に示します。

図1:150℃熱処理軟質PVCのFT-IRスペクトルの経時変化1,800〜800cm-1

図1:150℃熱処理軟質PVCのFT-IRスペクトルの経時変化1,800〜800cm-1

図1のIRスペクトルではPVCおよびDEHP、TPPの混合した多数の吸収が見られます。各スペクトルは該波数領域で最大となる吸収をフルスケールで表示してあり、各スペクトルの縦軸の強度(吸光度)は一定ではありません。 そのため相対的には時間とともに増減するように見える吸収でも強度の変化がない場合があります。例えば1,430cm-1付近の吸収は時間の経過とともに増加しているように見えますが、実際にはほぼ同じ吸光度となります。 しかしこの吸収が劣化に関与しない不変化のものかIRスペクトルからは判定できません。一般的にはIRスペクトルから定量的な解析をする場合、不変で強度が一定である吸収を基準として目的とする吸収との強度比を比較します。 本ケースでは、どの吸収が不変なものか判別できません。そのためIRスペクトルから相対的に各成分の吸収の増減がわかったとしても、定量的な解析はできないことになります。

2.劣化物のIRスペクトルの2次微分解析

図1のIRスペクトルについて2次微分解析を行った結果を図2に示します。

図2:150℃熱処理軟質PVCのFT-IRスペクトル(2次微分)の経時変化

図2:150℃熱処理軟質PVCのFT-IRスペクトル(2次微分)の経時変化

2次微分スペクトルでは数本のシグナルが確認でき、その強弱も顕著になっています。また各スペクトルで強度がほぼ同じであるため変化していないシグナルを読み取ることが容易にできます。

本ケースでは、強度がほぼ一定な1,425cm-1のシグナル(PVC由来のCH2変角振動)を基準化(図2 )して二次微分解析を行い、劣化物中の各添加剤量の増減を調べてみました。

図2から添加剤由来の吸収としてDEHPの場合1,070cm-1 、TPPの場合1,020cm-1 に着目しました。両吸収とも経過時間とともに著しく減少する傾向が明確にわかります。この強度比から定量することも可能ですが、検出限界が低くなる場合や検量線を予め作成するなどの注意が必要となります。この対象シグナルの採択については、後述の「参考:原料の2次微分スペクトル」を参照してください。

図1の通常IRスペクトルでは各吸収の増減を定量的に判別することができませんでしたが、2次微分することで各吸収の強度や増減が明瞭に確認できるようになります。

3.劣化原因の推定

この結果は150℃処理により試料中よりDEHPやTPPが流出や揮発または変質して減少、消失していることを示します。この挙動は劣化試料が硬化して脆くなっている原因の1つとして考えられます。

参考までに添加剤をガスクロマトグラフ分析により定量したところ、DEHPの場合、未処理品では含有量が15%であったものが、24hr.後には2%と著しく減少していることが判明しました。

尚、本資料では触れませんでしたが1,750〜1,700cm-1領域の劣化による酸化構造についても解析することも可能ですが、酸化度合が低い場合は2次微分を行うと微弱すぎてシグナルが検出不能となることもあります。

参考:原料の2次微分スペクトル

2次微分解析では吸収が強くてもピークの幅(半値幅)が広いとシグナルは強く得られません。反対に吸収が弱くても半値幅が狭いとシグナルが強くなります。従って目的とする吸収が弱くても半値幅が狭い場合、また強い幅広の吸収と重複している場合でも強調されたシグナルを得ることができます。

以下図3、4に各原料のIRスペクトルおよび2次微分スペクトルを示します。

図3:原料のFT-IRスペクトル

図3:原料のFT-IRスペクトル

図4:原料のFT-IRスペクトル(2次微分)

図4:原料のFT-IRスペクトル(2次微分)

図4から各原料の特異的(強度があり他と重複のない吸収)なシグナルとしてDEHPは芳香環-CO-伸縮振動1,070cm-1 、TPPは芳香環-O-P伸縮振動1,020cm-1 、PVCはCH2変角振動1,425cm-1 を対象シグナルとして選択しました。尚、DEHPの1,070cm-1についてはTPPと重複していますがTPPの強度が弱いためこれを採択しました。これら採択したシグナルは通常IRスペクトルで強度が1番強いものとは限りません。

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